新型コロナウイルスと仏教

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    ◆新型コロナウイルスと仏教

     

    お客様の中に‥‥

     

    バンコクに向かう飛行機が沖縄上空にさしかかったとき、緊急の機内アナウンスが流れた。

    「お客様の中にお医者様はおられませんか?」と。

    飛行機という密室での急病人。病院への救急搬送車もできないし、救命救急士もいない。こんなとき頼りになるのは乗客の中に居るかもしれないお医者さんだ。

    だが、そのような緊急アナウンスに「お客様の中に《お坊さん》はおられませんか?」‥‥というのは絶対、ない。

    世の人々は、坊さんが《緊急時》に役に立つ、などとは決して思っていないし、実際、《緊急時》に役に立たない坊さんは多いからだ。

    では坊さんって、役に立つのはどんな場面なのか?

    「そりゃ、当然、葬式だよ!」‥‥遺体の前でお経をよむことが坊さんの仕事だと大概の人は考える。だが坊さんの読経はいま、通夜や葬儀の焼香でのBGMと化し、目の前の棺に眠っている死者がどのような人生を歩んできたのかとか、数日前、数時間前に、死線を越えるどれほど壮絶な闘いをしていたのだろうとか、大切な人を見送る家族の心情など意識しなくてもいい「楽な」仕事となっているのだ。

    楽な仕事に慣れ切り、そうさせる仏教界の固定観念に甘え、再点検し変革しようという意欲はみえない。そんなことでは時代がつくりあげる「緊急事態」に対応することなどできるはずはない。新型コロナウイルスは、こんな状態の仏教界を見透かすかのように出現した。そして感染者の「死」は一気に「葬儀」の空気を変えてきた。

     

    バイオハザード対応遺体収容袋

     

    新型コロナウイルスに感染・入院し医療機関で亡くなった場合、遺体の扱いは(一般的に)こうなる。

    遺族は遺体に対面できない。遺体は(完全防備の葬儀社員により)バイオハザード対応遺体収納袋(内装袋・ダブルジップ構造)に収納・密閉し消毒され、その後(完全防備の葬儀社担当者により)棺に移され、さらに消毒し葬儀社指定の安置所まで(完全防備の葬儀社搬送担当者により)搬送される。

     

    株式会社 加藤萬製作所HPより

    バイオハザード対応遺体収納袋

     

    本来は死亡から火葬まで24時間以上の安置が必要だが、コロナ感染症の場合は24時間以内の火葬が許されている。つまり早々に火葬し、死者をウイルスから解放するとともに、遺族への感染を防ぐというためである。火葬場も火葬時間も指定され、(完全防護服姿の)職員が火葬に当たる。参加遺族は極端に制限され遠くから見つめるだけで、棺の中の遺体にはお花入れもできず、お別れの言葉もかけられない。

    これらは親しい葬儀業者から聴いた話だ。ウイルスから身を護りながら、今まで経験したことのない「別れ方」をしなければならない遺族への対応を含め、(死者へのかかわりの)最前線に立つ葬儀社の人々は、たいへんな負担を強いられている。「御身大切」な坊さんには到底できそうもない、そんな機会もない「壮絶な仕事」だと思う。

     

    新型コロナウイルスが葬儀を変えた

     

    葬儀にも変化は見られる。感染者の葬儀はもちろんのこと、それ以外でも「密集」感染を防ぐため、会葬者を制限した家族葬が一般的になってきているのである。それは葬儀の延期、あるいは葬儀をしない、という選択にも向かっている。慣習や観念に縛られ、長期間定型化した葬儀を行ってきた日本社会が、新型コロナウイルス禍という緊急事態においてそういった選択を容認したような気がする。

    いままで「宗旨に基づく古来よりの葬法」を続けることが大方の坊さんの葬儀の常道だった。それを逸脱したら宗旨が成り立たない、と考えていたからだ。一方、現代の人々は「古来よりの葬法」や「お経の意味」がわからない(場合が多い)し、故人を見送る意味もそこからは理解できない。葬儀に遺族が納得できないのはそんな両者の乖離があるからだ。だが、ぼくの経験上、宗旨を基本に、遺族が葬儀の本質に向きあうカタチを考え、編み出すことは十分可能だ。ただ、やらない(努力をしない)だけのこと。それは坊さんたちの一種の怠慢(職場放棄)といえるかもしれない。ここ10年ほどで葬儀が変わっていったのはそれらに気づいた人々が徐々に葬儀を変える意志を見せはじめたからだ。

    この流れ、つまり坊さんを必要としなくなる葬儀は確実に増えていく。しかも決定的な役割をするのは新型コロナウイルスのような気がする。

     

    聖職者の死

     

    イタリアで新型コロナウイルスにより感染拡大が始まった3月10日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は聖職者に対して「新型コロナウイルスに感染した人々に会いに行く勇気を持つように」と呼びかけた。そして、死者が18000人を超えた4月10日現在、臨終に立ちあった聖職者の60人以上が感染し死亡している(死亡した多くは80歳以上の高齢聖職者だったという)。

     

    https://www.afpbb.com/articles/-/3274860

    イタリアの教会。4月10日現在、イタリアの死者は東日本大震災の死者数とほぼ同じ。

    南相馬の遺体安置所を思い出す。

     

     

    信者の臨終に聖職者が立ちあい、死に逝く人への「儀式」(=病者の塗油)がカトリックにはあり、感染拡大したイタリアでは新型コロナウイルスによる「臨終」に聖職者が立ちあったのだ。死へのプロセスをたどる患者に対して医師・看護師のとともに聖職者が死後の儀式としてかかわる。かつて日本仏教では「臨終行儀」として語られてはいるが、カトリックのように臨終に坊さんが立ちあう行為は絶えて久しい。

    東日本大震災後に登場した「臨床宗(仏)教師」は死後の枕経から始まる葬送儀式に特化した日本仏教を、もうひとつ前の段階、つまりエンドステージ(死の前)からかかわろう、という趣旨の仏教者たちだ。

    死に向かう段階で起きる「痛み(身体的・感情的・社会的・霊的)」の緩和を念頭に、とくに従前の生き方における悔い、あるいは未知の死に対する恐れがスピリチュアル(霊的・宗教的)な痛みの分野に在るとし、その解決のための専門家として立ったわけだ。

    だが、医療(とくに公的な)との連携は厳しく、医療者は臨床宗教師との協働を積極的に受け入れようとはしない。活動に十分な現場があるとは思えない。異分野と協働し、あらゆる経験、方策、人脈などを駆使して人々の「苦」の緩和・解消を目指すことを宗教(仏教)は得意としていない。「苦」の現場での積極的な活動経験を持つ坊さんはそれほど多くない。臨床宗教師の指導も現場体験よりは座学から始まっている。対象となる人々とのかかわりの中で宗教感覚が強く出ると、スムーズな信頼関係を結ぶことは難しい。信頼関係がなければスピリチュアルなカミングアウトなど出てくるはずはない。これもぼくの経験上そう思う。

    いままで臨床宗教師は死を一人称(自分自身)の死としてとらえ、死生観を醸成してきたか? 現場を矮小化し、踏み込む機会と勇気を逃し、座学に頼っていたのではないか? 

    新型コロナウイルス禍はまさに「死が一人称化」する現場だ。感染を防ぐという理由で、大切な人との別れも容易ならなく、呆然としている人々を目にしたとき、彼らの悲しみに飛び込んでいく‥‥そこがスピリチュアルケアの現場ではないのか、と思う。もちろん殉教しろとは言っていない。イタリアと異なり、日本の場合は法律に守られ、感染死者とのかかわりは前記のように持てない。だが、感染死によって大きな痛手や後悔を背負いながら生きねばならない人々が居る。その人々に出会うことが現場なのだと思う。

    いま、新型コロナウイルスと闘うステージの大部分は「医療」と「政治」が占めている。だが、自宅待機が長引くにつれ、音楽家や画家たちが声をあげ行動を始めた。友人の音楽家は毎朝ステキな一曲をビデオメッセージとしてぼくらに届けてくれる。

    「三密」とは縁のない広い境内や風通しのいい本堂を持つ全国の寺7万カ寺、葬儀にお呼びがかからなくなり法事が取りやめになり、月参りも断られている僧籍を持つ坊さん20万人、このまま「ボーッと生きて」いていいんだろうか。

    もちろん先鋭的に動いている坊さんたちもいる。彼らの情報発信にアンテナを高く上げ、考え、行動してほしい。

     

    https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/coronavirus.html

    首相官邸HPより―皆さん「三密」を守りましょう。

    じつは首相官邸からは「三密」ではなくもう一つの「密」がこっそりと出されている。

    それは「秘密」の「密」。都合悪いことは全部「秘密」にするという‥‥

     

     

    メメント・モリ

     

    歴史は大量死を記している。頻繁に起こった戦争、災害、飢饉、そして疫病‥‥中でも1346〜51年の間にヨーロッパ全人口の約四分の一に当たる2400万人のいのちを奪ったペストなどは大量死の典型だ。

    ペストは老若弱者だけでなく、生産年齢層にも死をもたらした。それは必然的に労働市場と生産システムの混乱を起こし、経済は疲弊し、社会システムは転換せざるを得なくなった。

    加えてペストは「死」の実相を人々に見せつけた。町は死者であふれ、死臭に満ちたという。死に対する不安や恐怖の中で人々は死を一人称化し「自分自身の死」としてとらえざるをえなくなった――メメント・モリ(死を想え)という言葉(ラテン語)はそんな時に生まれた。

    死を身近に感じた人々は教会を頼った。しかし当時、人々を救うべき教会は、権威争いによる分裂や聖職者の金権体質などによる堕落がみられ、救済機能を発揮できず宗教力を低下させていたという(まるで現代のわが国の仏教界のように)。

    平和で何事もない時代なら本来の使命を放棄し、自己点検を忘れ、怠惰に目先の権力闘争に執着していても体制は維持できる(まるでついこの間までのわが国のように)。しかしペストは容赦なく襲ってきた。そのボリュームの大きさと苦しみに対する人々の切実な要望に国家や教会は耐えられなかったというのだ(まるで現在のわが国の政権や仏教界のように)。

     

    ハンス・ホルバイン「死の舞踏」(版画)

    死の恐怖を前に人々が半狂乱になって踊り続けるという14世紀の詩が期限となっている。

    この版画の背景には明らかにペストの衝撃があり「メメント・モリ」という死のとらえ方

    が生まれたプロセスが見える。

    「死の舞踏」には擬人化された「死」がさまざまな職業に属する人々を、骸骨になって

    踊る姿で墓場まで導く光景が描かれている。

     

    ペスト大流行の後、ヨーロッパでは宗教改革が起こり、ルネサンスが勃興した。大量死という巨大な「苦」に対して対応できなかった国家や宗教に対する強烈な不満と批判があったことが社会変革を起こしたことも歴史は教えている。

    仏教はメメント・モリを支えられるのか?

    そうでなければ仏教は(というか仏教を飯のタネにしている坊さんたちは)早々に存在価値を失い、新しい仏教再生が始まる‥‥かもしれない。だがその頃ぼくはこの世にいない。

     


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