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    • 2019.02.26 Tuesday
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    ◆ マンゴーとジャックフルーツとラムヤイ ◆その2

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       ラムヤイは漢字にすると「龍眼」と書く。中国の人々にとって「龍眼」は広く、鋭く世界を見る眼を養うというイメージや言い伝えがあり、実際にその滋養効果が知られていて、漢方薬として使われているから人気は高い。しかも「縁起モノ」とされ、とくに(旧)正月(=春節)には重宝される。しかし中国へ輸出されるタイのラムヤイは7〜8月が収穫期。したがって中国の正月は乾燥ラムヤイしか手に入らなかった(ドライフルーツとしてのラムヤイもけっこう美味しいのだが‥‥)。

       生のラムヤイを正月に食べる‥‥これが中国の人々の悲願(?)だったのかもしれない。そして、悲願は現実のものとなるのである。数年前から、1〜2月の旧正月時期に合わせてタイから大量のラムヤイが入るようになってきた。それは中国バイヤー(企業)のラムヤイ戦略が実を結んだ(?)からだ。

      その戦略を見てみよう。

          収穫時期をずらす。あるいは1年間コンスタントに収穫できるようにするという戦略⇒これには中国から持ち込んだホルモン剤と多様な農薬が使われた。その結果、7~8月の収穫期以外に、1〜2月の第2収穫期を作り出したのだ。

          ラムヤイの増殖戦略。チェンマイ郊外はラムヤイの畑が多い。また、西部の山間地では以前からカレン族が主となりラムヤイ農業を行っていた⇒これには中国人バイヤーがカレンの人々から畑を借り(タイでは外国人は土地を買えないため)、すさまじい勢いで畑面積を増やしてラムヤイを植えている。そしてもちろんカレンの人々は重要な労働力として雇用されている。

          買い取り戦略。チェンマイ市内から南に30分ほど下り、西に向かうと山岳地帯に入る⇒近年整備された道路の左右には、今の時期、随所に看板が立つ。「รับชื้อจำใยรวงラムヤイ(の房)買い取ります」と書かれ。その下に品質に合わせた1堙たりの単価が示されている。それはまるで証券取引所の株価のように感じられる。もちろんラムヤイを持ち込むのは地元の人々、買い取るのは中国人バイヤー。

          搬送戦略。これは聞いた話で実際検証はしていないが、チェンマイで集荷されたラムヤイは大型トラックで北東およそ200劼離船Д鵐薀い鳳燭个譟大河メコンを遡る輸送船で中国に運ばれるのだという。「そうか、メコン河遡上という手があったか!」

      以上大まかな4つの戦略により、大きな変化がこの地に顕れてきた。同時に近未来への危機や脅威の予測が成り立ってきた。

          からはホルモン剤や農薬の大量散布が、近未来に与える自然や人体への影響の問題がみえる。形は違うが北京やバンコクで深刻化している大気汚染にも重なる。両者ともにそれらに対する実質的な対応策が得られない状況だ。タイにおけるHIVの治療最前線を担ったサンパトン病院は一昨年1月、腫瘍科・放射線治療センターを開設した。まだホルモン剤等との因果関係は不明だが、明らかに肺気腫や肺がんが増加しているからと院長は話してくれた。どちらにしても自然の中にある収穫時期を変えることは自然法則のねじ曲げなのにね。

          近年、この地に新しい経済構造が生まれている。外部資本が入り巨額な現金が動いているからだ。自分たちの確保できる農地だけで限定した季節のラムヤイの収穫をし、自分が動ける範囲(チェンマイ近郊)で売っていたカレンの人々が、中国人バイヤーの「大家」となって土地を貸し、しかも年間通しての働き手となって大きな金額のお金を得ている。先日訪ねたカレン集落は10年前とはまったく趣を異にしていた。鉄筋コンクリートの建物が建ち、衛星放送受信用のアンテナが林立し、以前は村のあちこちから聞こえていた機を織る音は聞こえず、数台の車が玄関先にあり、女性たちの胸や指には金製品がまぶしく光り輝いていた。

      ぼくは20年前からチェンマイ郊外のフアリン村に入り、HIVに感染した女性たちの支援をしていた。彼女たちに「作務衣」の縫製を依頼していたのだが、これには布が欠かせず、布製作(機織り)をカレンの人々が担当してくれていた。しかし毎年6月から8月にかけては布があがってこない。「ラムヤイで《いま》忙しいから」だった。だが数年前からは「ラムヤイで《毎日》忙しい!」に変わった。機織りなんぞやってられないくらい儲かるんだそうだ。訪れたカレンの村の機織り機はホコリを被っていた。そりゃそうだわな!

          カレンの人々に「いま一番興味を示しているのは何?」と聞くと、「変動するラムヤイ相場」と多くが答える。毎日キロ当たりの相場は変わる。買い取り処や買い取り業者は近辺の道路に多数店を出している。金額を比べ条件のいいところに売る、というまるで相場師のようだ。

          そしてタイ産のラムヤイは、ラムヤイを「龍眼」としてこよなく好む経済大国・中国にメコンという大河を遡上して運ばれる。

      ラムヤイひとつのこんな物語がある。必要とするところに供給することは経済原理であり、仕方ないこと思う。

       実際ぼくもいま、この時期に「8月のラムヤイよりちょっと小ぶりで甘すぎるかな」と言いながら、ホルモン剤で強制的に1月に実をつけさせられたラムヤイを食べているのだから‥‥

      でもねー‥‥。


      ◆ 「マンゴーとジャックフルーツとラムヤイ」その 、

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        そろそろブログを再開しようと思う。

         

         

        7年前に死んだ母は戦前、教師として台湾(台南)の日本人学校に勤務していた。台湾は果物豊富でとくにマンゴーは美味しく、マンゴー臭の汗が出るほど食べたと母は懐かしそうに話していた。正直うらやましかった。信州ではなかなか南の国の果物には出会えない。もちろん独特のにおいととろけるような甘さのマンゴーは手に入らないから、からだ中からマンゴーの汗が噴き出すほど食べる、などとても想像もできなかった。

        ところがいま、ぼくは南国の果物あふれるチェンマイに居る。市場の果物売り場には、甘〜いマンゴー(マムアン=มะม่วง臭や中毒になりそうなドリアン(トゥーリアン=ทุเรียน)臭が漂い、そのにおいに酔っ払い状態。

        外国の観光客に人気が高いのはマンゴー+カオニャウ(ข้าวเหนียว=蒸したもち米)に甘いココナツミルクをかけたもの。チェンマイやバンコクにあるマンゴー専門店「Mango Tango」の定番がこれで、特に中国系の観光客にはきわめて人気が高く、店はいつも中国人で一杯(値段も高い)。

        今朝、日曜マーケットに出かけ、カオニャウ・マムアンに勝るすぐれものを見つけた。しかも安い(7つ入りで25バーツ=カオニャウマムアンの1/7の金額)。マンゴーの香りによく似たカノン(ขนุนジャックフルーツ)にカオニャウを詰めたものだ(写真1/カオニャウは白いもち米だけどこれは青く染めてある)。

        カノンは大きなラウンドフルーツで甘く香りも強烈。ぼくはこれが好きだ。このカノンカオニャウはもちろん美味しいかった。これからはこれだね。

        .オニャウ入りのジャックフルーツ

        マンゴーとカノンとミニパイナップル(บปะรด=サパロッド)→称して「黄色御三家」も写してみた(写真2)。

        黄色御三家/マンゴー・パイナップル・ジャックフルーツ

        もうひとつ特筆すべき果物をお見せしよう。少々固い皮の中には透明で美しく輝く宝石のような実が現れる。ラムヤイ(จำไย=中国では龍眼ともいわれる=写真3)である。

        ラムヤイ 美しい

        最近、屋台の果物屋で時折見かけるのだが、じつはこのラムヤイの収穫期は7~8月。この時期に収穫できるものではないはず。だが、店頭に出ているのだ。

        それはなぜか?

        明日、種明かしを‥‥!


        盒饗郢屬留鑠當

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          昨日は70歳の誕生日だった。たくさんの方々から「オメデトー!」とメッセージをいただいた。感謝、多謝! だが、誕生日の到来は、確実に終着地点へのマイルストーンの残り距離を減らしていく。しかもこのくらいの歳になると、その減衰は加速する一方だ。果たしてこれが「オメデタイ」ことなのだろうか?

          いままでぼくは誕生日に日本に居ることは少なかった。毎年121日は世界エイズデーで、タイ・チェンマイ郊外のフアリン村にいたからだ。HIVポジティブの女性たちの自助グループ「プラサンジャイ」と「作務衣」の縫製プロジェクトの協働を始めて20年。彼女たちのエイズデーの催しに参加していたのである。

          しかし、今年は日本に居た。8月、チェンマイ・パヤップ大学の集中タイ語学科に入学し、思い切り自由な環境の中でタイ語漬けの生活を送る‥‥はずだった。しかし世間はそうはさせてくれなかった。タイまで追いかけてきたNHKの番組撮影、9年ぶりに出す本の校正など、日本に居る時より日本語が充満した生活があり、学業に集中などとてもできる状況ではなかった。そして極めつけは妻(正子さん)が愛犬・平治の散歩中の出来事で(不可抗力だったが)、左足の踵を複雑骨折。母親の介護のために京都の実家近くに住まいを決めたのに、正子さん自身が動けなくなってしまった。朝、夕方、夜の平治の散歩、食料の買い出し、ごみ出し、入浴介助、その他諸々のために休学して11月下旬帰国した。だが、妻のケガのおかげで今年の誕生日は久しぶりに日本で過ごすことができたことになる。

          124日(誕生日当日)、正子さんに頼まれた買いもののため、四条に出た。久しぶりの外出だった。錦市場でどうしても食べたかった「立ち食い寿司屋」(これはチェンマイに居る時、夢に出てきた寿司屋だ)に入り、昼間からビールを呑み、昆布締めの寿司をいただいた。とろけるような味だった。その店で(もちろん偶然だが)長崎から1泊で京都観光に来たカップルと出逢い、その男性の誕生日がぼくと同じ日だとわかった。わずか10席の立ち食い寿司屋は、そこに居合わせた4名のイギリス人を巻き込んだバースデーパーティーに変わり「Happy Birthday to you」の大合唱が起きた。

          寿司屋を出て錦で買い物を終え京阪電車に乗ろうと三条通りに出たのだが、何の気なしに目が行った先に洋菓子屋が‥‥ショーウインドーには小さなバースデーケーキがあった。思わず「これ。ください!」と云っていた。

          普通、バースデーケーキは誕生日を迎える本人が買うことなどない。誕生日は周りの関連ある人々が祝ってくれるものだ。だが、ぼくは自分で買ってしまった。店のオネイサンはケーキを前にしてこう言った。「サービスでプレートにお名前やメッセージをお描きできます」と。それがどういう意味のことかぼくはすぐに理解できなかった。そしてぎこちなく「アッ、要りません」と応えていた。彼女はたたみかけるように「キャンドルは何本お付けしましょうか」と云った。その瞬間、ぼくはぼくが死んだ後、枕元に灯されるローソクをイメージした。だから思わず「アッ、要りません」と強く拒否していた。

          持ち帰り(これをタイ語では「クラップ・バーン」というけれど)の手提げに入れてもらったケーキを崩れないように最大の注意を払って自宅に持ち帰った。じつに美味しかった。

          これが70歳のぼくの誕生日の実況中継。なんか涙が出てきそう!

             ☆    ☆    ☆

          いよいよ新刊本『さよなら、仏教〜タテマエの僧衣(ころも)を脱ぎ去って』が1211日、世に出ます。自分でいうのもナンだけど「面白い!」。現代仏教の内幕を告発したかのような印象を与えるけど、決してそうではないのです。ぜひお読みいただきたい。

          Amazonではすでに予約が始まっています。Amazonアレルギーのないかたはお早めにどうぞ。

          そしてこのブログはブログとしてぼくが初めて書いた記念すべき第1号。これが近日公開される「盒饗郢屮フィシャルサイト」に乗っかります。そちらも訪ねてください。


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